終わりがあるとわかっていながら




※R18かもしれない(未だに基準を理解していません)


 今のところ、二人の関係はある一線を越えていない。
どちらかが異性だったのならば、とっくの昔に乗り越えていただろうそれは、同性であるふたりには、高いハードルとなって立ちはだかった。
 どっちが受け入れる方になるのかという下世話で単純な問題だが、男の本能と自尊心を考慮すればそれなりに難しい。両方とも同性は初めてだという背景も手伝って、なかなか進展が見込めない。
 互いに意識しているのは見え見えだけれども、現実問題としての打開策は見いだせないでいた。
 
…けれど、今ならばその均等は崩せるのかもしれない。

 王泥喜は気付いたそれに心臓を鳴らした。
 ふたりきりの響也の部屋。体調を崩した響也は、抵抗の力が弱くなっているだろうし、実際力で押さえ込めそうだ。そうして見れば、惚けた表情が誘っているようにも思えてきて思考が止まらなくなる。
 弱っている相手に仕掛けるなんて、かなり卑怯だ。けれど、欲しいと言う思いが止まらない。寧ろ膨れ上がっていく一方で、吐き出す先を求めている。それが誰でもいいはずもなくて、求める先に響也がいる。

 ふいに締め付けられた腕に、王泥喜ははっと顔を見つめた。

「…おデコくん?」
 明らかな怪訝な表情と緊張。こちらの考えなどお見通しという事だろうか。邪な考えを読みとられたのだと思った途端、カッと頭に血が登った。
「何か期待、してるんですか?」
 そんな言葉を口にして、ソファーにもたれ掛かっていた相手に躙り寄る。眉間に寄った皺と強い視線が余計に煽ってくるのだと彼は気付いていないんだろう。
 罵声の声を聞く前に、軽く唇を触れさせる。
軽いキスにつられるように唇に隙間が出来るから、今度は深く舌を差し入れた。頬の内側とか歯茎とか。舌も呼吸も全部奪いたくて、好き放題に動かした。
 思った通り激しい抵抗もなくて、身を捩るにあわせてシャツの釦を外した。潜り込ませた指先が突起を掠めただけで、ビクリと身体が大きく震える。
 感じ易いんだと、そう思うと口端が上がった。
綺麗に纏められた髪は乱れて服装も乱れて。勿論呼吸も乱れていて、何もかもが蠱惑的で行動を煽りこそすれ抑制にはなりはしない。
 迷う事なく股間に腕を伸ばし、完全に主張をしだしている彼自身を窮屈なズボンから解放してやる。
 正直、男の身体なんてと思っていた部分はあった。
 けれど、響也の身体はその顔立ちと同じくらい端正に整っていて、思わず生唾を飲む。自分自身も張りつめていたけれど、それを放って思わず見惚れるほど綺麗だ。
 耳の先まで赤くして、それでも眉をきつく寄せているところは加虐心をも煽ってくれる。
 女性だったら、この盛り上がった気分のままで挿入するところだけれど、同性はそうはいかない。
 それだけは酷く気分の萎えた。
 潤滑剤になるものを取り出そうとした瞬間に、響也は僅かに身を起こした。伸ばした手に前髪をひっつかまれて、後ろに引き落とされる。
 流石の痛みに、王泥喜ものし掛かっていた身体を浮かせた。
 ここで、前髪を毟り取られても後悔は無かったけれど、とにかく頭皮が引っ張られてズキズキと痛む。視線だけを下げればギッと睨まれた。

「こんな、感じさせかたなんて…最低だ。」
「最低で結構ですよ、だったら、本気で逃げないアンタにだって、非はあるでしょ?」
 強気に言い放ってやると、苛立でか、響也の唇が震えた。年下で格下の同性から揶揄されるのは、プライドが高いだろう響也にとって、耐え難い屈辱に違いない。

「ふざけるな、どうして逃げないかだって? 君が好きだからだよ、決まってるだろ!」

 けれど顔を真っ赤にして、憤慨する響也に王泥喜の目が見開かれた。
「君は違うのか!? もしも、これが反対で僕が君に頼んだら…君は拒絶出来るのかい!?」
 言葉に詰まった。
 拒絶なんて、そもそも出来るんだろうか。悩む事は悩むだろうけれど、即座に拒絶するくらいなら、そもそも恋人としてつき合ってもいないし、肉体関係に至るまで、こんなに時間をかけたはずがない。
 自分が響也を受け入れる側にまわる事に対し、恐怖感はあるけれど嫌悪の気持ちがあるわけではないのだ。最終的には、きっと彼を受け入れてしまったに違いない。

「…すみません、した。」

 ノロノロと響也にのし掛かっていた身体を起こして、後ずさる。燻る熱はある。だけれど、王泥喜の中から『勢い』が無くなっていた。
「ちょっ…」
 しかし、頬を赤らめたまま響也は憮然とした顔をする。続けて何かごにょごにょと口を動かしたから、言葉を告げたようだったが王泥喜には聞き取れなかった。その事を伝えるべく、小首を傾げた王泥喜に響也は顔は沸騰した。
「…だから、…君はこんな状態のまま僕を放りだすのかと言ってるんだ!」
「は?」
「こんな事何回も言わせるな!僕を気持ちよくする気があるのか、ないのか? どっちなんだ、王泥喜法介!」
 淫猥な色に肌を染め涙など浮かべる姿に、王泥喜の答えなどひとつしか無かった。



 俺の為に痛みを堪えて、俺の為に羞恥に耐えて。
 そんな牙琉検事が、可愛くて堪らなくて。どうしようもなく愛おしくて、熱くなった胸が詰まって、詰まって、息が出来ない。
 しゃくり上げたら、ボタボタと大粒の涙が落ちた。

「…普通、僕の方が泣くんじゃないのかな? こういう状況って…さ。」

 降り注ぐ水滴に驚いたように瞳を見開いてから、響也がクスリと笑った。
 伸ばされた両掌に頬を包まれ、引き寄せられる。潤みを帯びた水色の瞳は、たまらなく綺麗だ。こんな綺麗なヒトが自分を想ってくれるなんて、どんな奇跡なのだろう。
 
「響也…さ…俺…。」
「大好きだよ、法介。」
 ちゅっと目尻に口付けされる。
「俺も、おれ…こんなに…こんな…。」
 支離滅裂で何を言ってるのか自分でもわからない。伝えたい言葉とか、想いとか本当に山のようにあるのに、何ひとつ出て来ない。出て来るのは、莫迦みたいに溢れる涙だけだ。
 クスリとまた響也がわらう。近付けた唇は、今度は王泥喜の耳朶を噛んだ。

「…でね。いい加減動いてくれないかな? 僕は平気だから。」

 焦れた表情と熱い吐息が、誘う。
 慌てて返事をしてみたけれど、直ぐに動かなかったのは検事の身体を気遣ったせいじゃない。終わりがあるとわかっている行為なのに、いつまでも繋がっていたいと、俺が大真面目に考えていた事は秘密にしておこうと思う。



〜Fin



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